大人の階段


「あの子、絶対俺のこと好きだよ」

こんなこと耳にすることってありますよね。
もしくは、自分でそう思ってしまうことって。
子供の頃には割とよくあることですが、人によっては大人になっても変わりません。

そしてこれが大半勘違いであるということもよくわかっていると思います。

人は普通の人よりも自分の中でコミュニケーションを取る中で心地よい対応をされると誤解をしてしまうものです。

それはあくまでも、『他人との対応の比較』での判断だからです。

Aさん、Bさん、Cさんがいたとします。いづれも自分とは異性であるとします。

DさんはAさん、Bさんとコミュニケーションを取る中で自分の中でしっくりと来ない感覚をもっていたとします。
でも、Cさんとは自分の中で以上にしっくりくるコミュニケーションが取れていると感じたとします。表情なども含めて自分にとって好印象を持っていると感じたとします。

すると、これが長く続くといつからか冒頭に述べた感覚がDさんの中に生まれてしまうのです。場合によっては、長く続かなくとも一瞬で恋の感覚が芽生えてしまうこともあったり。

本来は、そのCさんと多くの他人とのコミュニケーションの関係をバーズアイで見て、その関係と自分との関係がはるかに良いと感じて初めて、恋心で無いにせよ、自分に対する印象が決して悪く無いと判断できるのです。

しかし、僕はと言えば、相手にされない方が気になります。
好きとかなんとかではなくて、そうされるのが悔しいからなんだと思います。
女性に対してだけでなく男性にもです。なんだか自分を否定された気になるんだと思います。だから挽回したがる。

様々なタイプの人がいるので、「寡黙な人が好き」というタイプには僕は完全にノックアウトされるのでどうしようもありません。演じることはできても、化けの皮はすぐに剥げるし、自分も疲れるから。

でも将来が不安なんです。
20年後とかに今のまま変わらず落ち着きがなかったらそれはなんかやばい感じがします。ダンディとは掛け離れた自分が僕のイメージの中で存在します。

例えばお笑いやってる50以上の方がたも、テレビでこそああだけど普段は大抵皆、かなり落ち着いているのです。

時が解決してくれるのでしょうか。
その前に、僕は結婚できるのでしょうか。大人の階段を登れるのでしょうか。
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by osaki_kotaro | 2005-03-25 15:47 | 恋愛科学
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